キリスト教の僧は頭のぐるりの髪の毛を残し、真ん中を剃りあげる(これをトンシャという)。普通はあのアルシンド風というかカッパ風というか、あのような剃り方をするが、修道院が舞台となった映画『薔薇の名前』を見ると、トンシャにもさまざまな形があるということがわかる。一方、仏教僧はすべての髪を剃りあげて丸坊主となる。最近でこそ有髪の坊さんも増えてきたが、やはり剃髪は出家の第一段階だ。洋の東西を問わず、宗教者が髪を切るというこの行動にはいくつかの意味がある。まず、俗世間との差別化。一目でまわりから宗教者とわかる髪型をすることで、自分たちが日常の生活でなく、神仏との生活に入るという決意をしめす、いわば印のようなものだ。それから神の前での謙譲をあらわすために、髪の毛を剃る。昔、髪の毛がその人間にとって大切なパワーを秘めた器官であると考えられていたことは先にも述べたが、その大切な器官を剃り落とすということは、罪人に対する、辱めの罰であった。
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