シャンプー、リンスなどトイレタリー化粧品の輸出も早くから行われ、花王が三二年シャンプーをタイ、インドネシア、台湾などへ輸出、三五年に海外事業部を設置、その後三九年タイを皮切りに現地合弁会社を設立する。ライオンは三二年にタイヘシャンプーを輸出、三五年にマレーシアライオン工場が稼働、三七年台湾進出とつづく。またポーラは三三年香港、三五年ハワイ、三六年ロサンゼルスへなど相次ぎ、現在世界一〇ヵ国以上へネットワークを広げており、販売方法は日本国内と同様に訪問販売を基本に進めている。現在有望視されている中国市場については、五六年頃から、資生堂、カネボウなどが販売を開始、六二年にコーセーが中国に初の合弁会社を設立するなど化粧品メーカーの進出が相次ぎ、すでに昭和三〇年代から各社が進めてきたグローバル化戦略に拍車がかかることとなる。三〇年代以降を中心とした国内化粧品メーカーの製品輸出および海外進出状況は、ほぼ以上のとおりであるが、輸入金額ほど資本自由化の関連は強くない。また、海外進出に伴い現地工場の設立など生産面では海外生産が中心となるため、輸出金額総体も輸入金額と比較しゆるやかな伸びとなっている。昭和四七年、四八年と輸出金額が減少しているのは四七年五月に沖縄が本土復帰したことによるものであり、また、五二年は円高の影響で輸出が伸び悩んだ結果である。
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